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第5回ぎふ周産期こころの研究会、第9回地方セミナーを終えて

高橋雄一郎

                       
 この度は、皆様お忙しい中、第5回ぎふ周産期こころの研究会および第9回周産期精神保健研究会地方セミナーにおあつまりいただきありがとうございました。事務局を代表しましてここに御礼申し上げます。


 皆様の熱いこころの熱気がいまでも余韻としてのこり、心地よい年末年始を迎えております。
 

 今回は、18トリソミーのお子さんが遠いご自宅へ帰宅する、という実際の家族のストーリーを振り返り、今はお亡くなりになったお子さんと、ご家族、そしてそこに関わったスタッフの葛藤から様々な勉強をさせていただきました。この症例は、NICUでの長期管理を希望せず、在宅での生活をもっとも大切にしたい、というご家族のご希望にそう形で出産、そして小児期のケアを得て、地域の小児科にお世話になりながら、そしてご自宅で、訪問看護や在宅医の先生にもお世話になり、家族でお子さんと一緒に生活された事例でした。しかし現実は、やはりなれない赤ちゃんの、しかも通常の健康状態ではないお子さんの世話は、ご両親にはとても負担が重くのしかかりました。地元でも、18トリソミーというお子さんの看護ケアは滅多にあることではなく、訪問看護師さんから当院にご連絡があり、われわれも退院後、産科としてご両親にうまく関われていなかったことを初めて悟ったのです。得てして産科では、出産後、とくに一ヶ月健診でその関わりが途切れてしまうことがほとんどでしたので、今回の学びはとても大きいものがありました。その生活や苦労を学ぶことで、さらに胎児期にご夫婦にお話しする内容も変わってくるものです。我々は、地元の訪問看護師さん達が来てくださったので、一緒に振り返るメモリアルカンファレンスを開きました。そして反省も込めて、でも遅くはないと、地域を支える医療者の方々と顔が見える関係の構築に乗り出したのでした。今回はこの事例を中心にテーマを練っていきました。事務局で幾度も会合をひらき、そして究極のテーマ「 多くの目と手とこころで繋ぐ、小さないのちの物語 」を寺澤先生に銘打っていただきました。そして何を話すべきか、散々事務局でも話し合い、「家族の幸せとは何か?」というシンプルですが、もっとも我々が大切にすべきテーマを選ぶに至りました。
 

 医療の実際としてはいかに在宅医療に持っていくべきか、という具体的な内容になり、お二人の基調講演をお願いすることになりました。お一人は寺澤先生の鶴の一声で、愛育病院で臨床工学士をされてる松井晃先生にお願いしました。ご自宅へ帰るにあたり、人工呼吸器などの機器は不可欠です。日々の臨床を温かい「こころ」をもって患者さんに接するその「病院のお父さん」の姿勢はとても魅力的で輝いておられます。日々、障がいを背負ったお子さん、お母さんはじめご家族に接する臨床のあるべき姿を体現しておられ、その数々の珠玉のエピソードを教えていただきました。ことばの一つが「お母さん疲れてない?」という声かけです。そして「どんなお子さんにも無限の可能性があること、そして日々の生活で10%でもできることが増える幸せを感じること」をおしえてくださったように思います。
 

 もう一人は大垣市民病院のNICU の師長さんの服部京子さんです。実際にNICU から在宅へ行く場合に、事前にご自宅への訪問をスタッフが行い、退院後も地域へつなぐまでの間、できる限り関わる活動を繰り広げられているその一端をお話いただきました。当時県庁におられた現飛騨師長の都竹さんと協働して、試験事業として県の予算を確保されながら、きっと将来岐阜県全体にひろがる、そんな予感をさせる臨床モデルを模索されています。その明るく、パワフルな個性で様々な院内、院外の障壁を乗り越えられているピソードをご披露いただきました。以前の他の研究会でご発表されているのをお聞きし、まさにこのモデルは周産期センターには大切で、必ず必要とされると確信しましたのでご講演をお願いいたしました。お二人とも、現場で実地を踏まえておられるので、そのお話は我々にリアルな共感を呼び起こさせてくれました。
 

 グループワークにあたっては、今回は初めての試みですが事例に関わった、産科助産師、医師、小児科、地域の助産師、訪問看護、そして在宅医と当時を振り返るメッセージをつなぎ松井先生に発表していただきました。そして緒川さんにはお母さんからの手紙を朗読していただきました。「入院中に在宅経験者の人と交流できればよかったのかなと思いました。 亡くなってから出会った人達に在宅での便利グッズ・アイデアなどを聞き、参考になった事があったので。 『すごいね』『えらいね』と周りの方から言ってもらったけど、障害があってもやっぱり自分の子は可愛く、褒められるようなことをしているわけではなく親として当たり前だと思いました。手術をせずに自宅へ帰ってきたことで『諦めた』と言われたことがあって、私達は決してそんなふうに考えて帰ってきたわけじゃありませんが、どうにかして我が子に生きてほしいと手術をされている家族もたくさんみえて後ろめたくなったこともありましたが、離れ離れではなく家族みんなで過ごす事ができ、一緒に出掛けることもでき、たくさんの人が会いに来て抱っこしてくれて、連れて帰ってこれて良かったと思っています。」実際のお母さんのこころからのメッセージを披露させていただきました。コメントは不要なぐらい我々は学ぶことが多いですね。
 

 どんな生命も大事です。しかし、肉体的につらく苦しい時間が続くとしたら、どうしてあげるのがそのお子さんにとっての幸せなのか。その時の家族の幸せはどこにあるのか。人工呼吸器管理をし、呼吸は楽になっても家族とのふれあいがないこと、また逆であまりにも医療介入がないために、必要以上に苦しい在宅になること、その真逆の二つの臨床像を軸に、両方をうまく融合させることができることがきっと大切なんだろうと感じました。お母さんのお話のシーンは事務局の皆を始め、会場でも涙なしでは聞けない、とてもこころ動かされるシーンでした。
 

 お二人の基調講演、そしてリレーメッセージに心を動かされながらいよいよグループワークが始まりました。「家族の幸せ」を語るのですから、どうなるか心配しておりましたが杞憂でした。いつものごとく会場に集まっておられた有志の方々はみなさん次々と熱い議論を開始してくださいました。そして多職種でのコミュニケーション、顔の見える関係がまた次々と広がって行ったのでした。
 

 あるグループワークで、大先輩が「幸せとは、辛いことを経験している時に感じるものだ」ということを教えてくださっていました。なるほど、漢字からもその表裏いったいであることが伺えますね。またあるグループでは、現状の関わりの中で、後遺症を背負うお子さんのご家族の医療者へ投げかけられた辛辣な言葉が披露され、その医療者ご自身の辛い経験となっておられました。涙ながらに経験を語られておられましたが、周りの共感を得られ、ご自分お一人ではないことを実感できたのではないかと思います。そういう実際の感情のふれあいもこの会の素晴らしいところなのでしょう。傷ついた心ある医療者も癒される、そんなグループワークがまた繰り広げられました。
 

 毎回のことですが、すばらしい意見が次々に出されました。やはり普段現場でお仕事をリアルに、熱意をもって行っておられる方々ばかり。どのコメントも納得できる奥深いものばかりでした。在宅でお子さんを看ることは、それまでの生活設計を変えるストレスがのしかかる、という本音がベースにあることはまず共有された前提での議論開始であったように思います。家族は多くを医療者に話せていないことが多いので、いろんな立場でもっとよく話を聞くと良い、家族の幸せとはそれぞれ異なる価値観がある、在宅が全てではなく、「場所」ではない幸せの価値観があることを忘れないようにすべき、母親のみではなく父親のこともケアが必要であることも指摘されました。(実はこの周産期における「父親」というテーマは次回の本会のテーマに考えています。)大先輩からは出生前診断、中絶に関するお話も出ましたが、戦中、戦後などは家族はなくなることが当たり前の時代であった、どんな命であっても、その時その時を大切にして「今を生きる」ことが大切である、というとても哲学的な、珠玉の言葉をいただけました。それは様々な生命を見てこられた人生の大先輩が到達される境地であり、凄みのある真理でした。「生命のレッテル」に対するアンチテーゼです。そう考えますと、我々の肩の力がすっと抜ける感覚をおぼえました。産科医として、こころならずも様々な出生前診断に携わってきましたが、我々が雑念を取り払い、レッテル付けをしなくてもよければ、生まれ来る生命に先入観をもたなくてもよくなりますね。それが理想なのだろうと思います。そして多くの方が会場で共感されていたと思います。しかし、一方で人は弱く、雑念がある生き物でもあります。そんな社会でわれわれ医療者はご家族を受け入れるために、自分たちを磨く必要があります。そんな思いにさせてくれたワールドカフェでした。
 

 市郎の部屋では川鰭市郎先生がホストになって、次回の名古屋での周産期精神保健研究会の会長の永田雅子先生との対談が実現しました。グループワークでの議論をアップテンポなやりとりで総括していただきました。永田先生の編集された「妊娠・出産・子育てをめぐるこころのケア」のご紹介もありました。先生は、周産期に携わる心理士の草分けで、20年前と今では医療者の認識がよい方向へ向き始めている、隔世の感があるおっしゃっていました。ご家族から「スタッフにこの子がこんなにも愛されていたということが自分にとって一番支えになった。」というお言葉を頂いたそうです。またお母さんが「ありのままのご自分でいれること」の大事さ、理想像の価値観を医療者が押し付けているのではないか、と自問自答されているそうです。今回のテーマにももっとも深く関わるジレンマであり、我々が皆で共有したかった真のテーマです。そんな地に足のついた心持ちで活動しておられるからか、とても暖かい気持ちでお話を伺うことができました。来たる研究会も是非皆の勉強の場となるべく微力ながら我々も応援したいと思っています。
 

 今回はプログラムには下呂市の訪問看護ステーションを立ち上げられた中川さんから、実際に今回のご家族をささえていただいた経験を踏まえ、地域で支える時に必要な目配りをエッセイにして寄稿いただきました。また現飛騨市長であられる都竹さんからも、お忙しい合間をぬって、岐阜の在宅医療を行政の立場から支えてこられた熱い思いを寄稿していただきました。「どんな職種でも、とにかく現場に行って、相手の気持ちを自分のもにする」ことが「寄り添うこと」につながるというメッセージをいただきました。また詳細は珠玉の抄録集をお読みいただければと思います。
 

 また今回は日本周産期精神保健研究会の第九回の地方セミナーでもありました。会長の側島先生、大御所の堀内先生にも実際にワールドカフェスタイルのグループワークに参加いただくなどし、大変多くの示唆をいただけました。
 

 新年は本研究会を中心として、「妊娠期からの抑うつおよびボンデイングに関する多施設研究」を行いますのでそのご案内もさせていただきました。第3回の本研究会でご講演いただいた、名古屋大学教育発達科学研究科の金子一史先生、そして岐阜県立看護大学の服部律子先生と、こころの研究会事務局とがコラボし、妊娠期から産後までの虐待など社会的ハイリスクの抽出を目的とした多施設共同研究の立ち上げです。産後うつの評価だけではなく、家族の繋がりや不妊治療、多胎や経済的な視点など社会背景因子の解析、母親の愛着(ボンデイング)評価を盛り込んだ総合的な研究プロトコールを作成し、広く岐阜県下の産科施設で研究を行い、将来は得られた研究結果を元に地域で介入する「岐阜モデル」の作成を目指す予定です。詳細はまたホームページでご案内させていただくことと致します。

 

 年の瀬ようやくこころのゆとりができ、書き始めた原稿が完成したのは年があけてからでした。今年も、激動の一年になるかもしれませんが、事務局一同、地道に活動を重ねてまいりたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 

               2017.元旦 事務局を代表して」

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