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第6回 ぎふ周産期こころの研究会を終えて

 

 この度は1年半ぶりのブランクを経て、再出発のこころの研究会が無事終了いたしました。お忙しい中ぎふの地にお集まりいただきありがとうございました。事務局を代表しましてここに御礼申し上げます。

 

 今回は「家族が生まれる、風景」と題して、周産期という時期と家族の成り立ちに焦点をあててみることにしました。特に基調講演は一見逆のことに見えますが、「虐待」からみた周産期の大切さを高知の小児科医の澤田先生にお話しいただき、そして「養子縁組」からみた真の家族の大切さ、という視点で子どもの村 東北の村長で長年岐阜の養子縁組に携わってこられた石田先生にご講演いただきました。事務局としても、この二つの側面から「家族のあるべき姿」を皆さんと考えられたら、と企画を練ってまいりました。

  澤田先生の口癖は「虐待予防は周産期から」で、出産の周辺で妊婦さんが母親になる時に、いかに自分が上手に「甘え」て育てられたかが重要だと説かれます。自分が上手に甘えて育てられてこなかったお母さんは、自分がお赤ちゃんに上手に甘えさせてあげられない、ということです。虐待の世代間伝達の問題ですね。そして赤ちゃんは母親を映し出す鏡であり、小児科の立場では、虐待症例などで、赤ちゃんを一目見たらわかると言います。上手に甘える環境を整えていくことで、赤ちゃんの表情はどんどん柔らかくなるそうですね。また「間主観的」という言葉を教えてくださいました。

 

 親子または治療者とこころに混乱を抱えた母との関わりの原点は言語の世界ではなく、お互いのこころの中をなんとなく感じ合う心の奥底の響きあい(間主観的)の世界である、ということなんです。また記憶のお話しも興味深かったですね。小さい時は「誰から」ということまではわからないのですが、愛情も、そして怖い体験も感覚的に記憶します。これは扁桃体というところが機能するそうです。しかし4−5歳になりますと、海馬というところで「誰々が怖い」という具体的な記憶になっていくそうです。このことは、家族とその愛情を考える今回の企画において非常に鍵を握る部分でした。

 

 小さい時の感覚的に包まれている、という愛情の記憶がその人の人間形成にとても重要なのでしょう。またそこには必ずしも血縁は関係ないのかもしれません。臨床の現場において、このような目に見えないリスクをもった妊婦さんは、全妊婦さんの11%程度いると言われます。医療者はこのような妊婦、ご家族に出会った場合、けっして「指導」するのではなく「支える」立場で、欠点ばかり指摘するのではなく、長所を支持する姿勢を持つとよいと教えてくださいました。そしてキーワードはやはり「甘え」られる子育てのようですね。

 

 石田先生は長年養子縁組を支え続けてこられたご経験をお話くださいました。養子縁組の根本の目的は、「子供の居場所、安心できる場所」を作ることです。そして「家族と暮らすとこんなに変わるんだ」という経験を語ってくださいました。予期しない妊娠や虐待などの結果、生みの親が育てられない子どものために、新たな親子関係を結ぶため30年前に始まったのが「特別養子縁組」制度で、年間500組ほどの新しい「親子」が生まれているそうです。厚生労働省は、実親の元への家庭復帰が困難な子どもの「パーマネンシー」保障のため、特別養子縁組の成立件数を5年間で現在の2倍の1千件にするなどの数値目標を打ち出しているそうですが、欧米先進国と比較して日本は極端にこの縁組の数が少なく、緊急対策を講じ始めたそうです。こうした社会の現状はなかなか日々の臨床をしているだけでは知り得ないと思います。

 

またそのお話の中で、我々の大先輩である立派な産婦人科医師のお話をお聞かせくださいました。昭和48年ごろ、石巻の菊田医師がマザーテレサに次いで二人目の世界生命賞を受賞されたお話です。当時、様々な法律ができる前の出来事です。子供を産み育てることができない母親たちが赤ちゃんを捨てることのないように、自らの強い意志で違法となることも顧みず、赤ちゃんの里親を急募するため、新聞広告を出して、多くの赤ちゃんの命を救ったのです。マスコミは当初、事件性と生命の議論ということで取り上げましたが、その後事実関係が明らかになり、ついには受賞にいたりました。自分は一産科医ですが、こんなに素晴らしい大先輩の話を知らずにいたことをとても恥じました。しかしこの生命に対する視点こそ我々がつねに持ち続けなければならない医療者としての原点であると共感し、再度肝に命じるよい機会となりましたし、とても心が洗われるエピソードをおしえていただきました。(ネットで検索するとこのようなホームページが出てきます。ぜひご一読ください。https://www.umimachi-sanpo.com/history/noborukikuta/

石田先生が後に今回の会のご感想を送ってくださったのですがその一文にこうありました。

 

「小生としては、話し合いの内容から、家族は血縁とは関係なくできるもの、と言う議論が普通に話されている気がして、とても嬉しかったです。里親さんや養親さんがたには、力になるお話でした。」

 

このコメントを頂いた時、まだまだ社会の冷たい風がある現実を悟るとともに、この会に参加されたみなさんの意識の高さ、成熟度の高さを実感いたしました。

  恒例の市郎の部屋には今回、テレビプロデユーサーで、自らダウン症のお子さんを育てていらっしゃる水戸川さんにお越しいただきました。あの「コウノドリ2」の最終話、ダウン症のお子さんのシーンの制作に携わられたそうです。とにかく明るい方ですね。都会の忙しい生活のなかで、ダウン症を育てるお母さんたちによりそうことをされています。いわゆるドューラ(ピアサポート)ですね。ダウン症のお母さんが普通の気持ちで、お子さんが輝くように、誇りを持って子育てできるように支える。そんなお母さんたちからすると本当に心強い大先輩ですね。そしてコウノドリでもでてきましたが番組で朗読されていたダウン症のあるお子さんを持つエミリーさんの「オランダへようこそ」という詩は障害児を育てるお母さんの気持ちを表現したものですね。・・・・客室乗務員がやってきて、こう言うのです。「オランダへようこそ!」 「オランダ!?」 「オランダってどういうこと?? 私は、イタリア行の手続きをし、イタリアにいるはずなのに。ずっと、イタリアに行くことが夢だったのに」 でも、飛行計画は変更になり、飛行機はオランダに着陸したのです・・・」ぜひ皆さんも一度読んでみてくださいね。実は事務局の寺澤先生がプレゼンしてくれましたが、長良医療センターで出生前診断を受けた21トリソミーのケースが、結局養子縁組に至る事例がありました。その時、お母さんは水戸川さんのサポートをうけておられたんです。

 

 お母さんの気持ちに最後までやさしく「寄り添って」くださいました。いろいろな事情があるのですが、縁組がきまるまで、赤ちゃんが急変すると心配そうにご家族で救急に受診されおられる場面にもお会いしました。ご家族の形、とくに愛情のありかたは複雑で、1パターンではないことでしょう。きっと将来にわたり、このご夫婦がどのようなお気持ちで揺れ動くのか、それは予測はできませんが、お子さんが幸せになれるように、とみんなで考えた経験は貴重な時間でもありました。また今回は水戸川さんのご友人で出産の現場で素敵な写真を撮り続けておられる河合蘭さんにも特別ゲストとして飛び込み参加していただきました。河合さんの写真は、出産の瞬間、とくにお母さん、そして必死なお父さんの姿、またそれを支える助産師さんや医師の、その時々のリアルな表情を瞬間的に捉えています。出産っていうのは本当に大変なんだけど、素敵な家族ができる、大事な、何ものにも変えがたい瞬間なんだと、もう一度気づかせてくれるのです。一度、写真をご覧になっていただくと、今回の研究会の意味合いがぐっと味わい深いものになるかもしれません。

  今回、抄録集にもとても貴重な文章を寄稿いただきました。事務局の松井がかつて勤めていた福田病院の師長さんであった下園さんから、赤ちゃんポストのご活動に関わった経験を文章にしていただけたのです。「下園さん、私を生んだお母さんは何故?どうして育てられなかったの?」と、涙の中で問われた・・・」といいます。その出自の状況を納得したい時が必ず来るそうですね。「子どもにとっては、たとえ何があっても、離れていても、顔も知らない親が好きだし、会ってみたい切実な思いの子の、小さく柔らかい手を包み込みながらゆっくりと話す私の言葉を幼いなりに理解しようとする姿に、もっと成長した時納得できる説明責任が果たせるのか?と自分に問うても自信はない。こうした時にも人の人生に関わることの怖さをしみじみと感じる。生命体としての子どもの命を守るだけではなく、人として生きるその尊厳が保たれるような支援を、それぞれの分野、立場から専門職として日々研鑽していかなければと責任を感じる。」この言葉の重みを今回の研究会のテーマに重ねて、今後とも消化していければと思っています。他にも松田義雄先生から新しい母子手帳に関する研究も寄稿いただけ、本当に当日は残念ながら参加できなかったけれども、多くのプロフェッショナルに支えていただけた会となりました。(寄稿文はプログラムを見ていただけますとどなたでもお読みになれます。)

 また事務局の助産師さんのご家庭ではお子さんが山村留学されました。その経験から、血縁のない育てのご両親に対する思い、家族のありかたについてビデオメッセージをいただきました。まさに今回のテーマを象徴する心温まるスライドショーでした。背景の音楽は寺澤先生のお嬢ちゃんの大好きなピアノの曲でしたね。その調べは、この研究会らしく、場を和ませてくれるものでした。その後の懇親会も二次会まで話は尽きませんでした。本当に、こんなにも周産期の家族のことを考える専門家があつまると、熱い議論が巻き起こるのです。今回のテーマはとても大きなもので、語りつくせないのでまたいつかテーマにしたいと思います。

 

 事務局スタッフの人事異動などで、我々の時間が作れず一年半ほどブランクがありました。が今回新たな再出発をすることができました。しかし事務局のみんなの影になり日向になりという素晴らしい働きは、ブランクを感じさせないものでした。とても感謝しています。引き続き、日々の忙しい臨床の合間を縫って、この会の準備を進めていけれればと思います。

 

また次回は2019年1月19日土曜日です。テーマは「パパ」です。

周産期における父親の役割、イクメン、というマニュアル的なものでない深い議論をみなさんでできたら嬉しいです。それではまたお会いしましょう。

 

                               暑中お見舞い、灼熱の8月のぎふより

                                                              高橋雄一郎

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