「第4回ぎふ周産期こころの研究会を終えて」
高橋雄一郎
やや小雨のなかでしたが、65名の大勢の方々にぎふにお集まりいただき、無事こころの研究会を終える事ができましたこと、事務局を代表しましてここに御礼申し上げます。
今回はかねてよりあたためていたテーマ、コミュニケーションにアプローチしてみました。題して、“How to communicate, いかに語るか”を志のある皆様方と非常に有意義な勉強ができたと感じています。
妊婦さん、ご家族、赤ちゃん、職場のチーム、上司と部下、など様々な場面でのコミュニケーションがあります。また福祉の世界でも障がいを持っておられる方とのコミュニケーション、生徒と先生、夫婦、そしてなにより一番難しい親子の問題などヒトが人間である為に最も大切で、根源的なテーマでもあるでしょう。今回はそんな難問に果敢に挑みました!
ご講演はまず、いぶき福祉会で専務理事をしておられる北川雄史さんに普段の活動を御紹介いただきながら始まりました。当研究会では初のミニワークショップとして、2人ペアになって指一本ずつ使って小さなものを把持し、2人で任意の場所に移動させる作業を開始しました。私も同僚の松井先生とカメラの蓋を動かしましたが、相手がどちらに進めようとしているのか、少し気にしながら落とさないように、突発的な動きをしないように、などなど考えながら進めました。これは本人には伝えていませんが、「意外と息が合ってるじゃん」という感想を持ったものでした(笑)。なにかコミュニケートするということは、こういう相手の息づかいを感じる作業が大事なんだ、という体験から学ぶ事ができました。今回参加されなかった方も是非職場などでやってみてください!
北川さんは、障がいを持っておられる方々が「いかに働けるか?」という援助を組織だって行っておられます。それは「働くこと」が単なる金儲けではなく、自分の存在価値を実感する為のものである、というポリシーなのだそうです。「自分がかけがえのない存在である。」ことを実感する事、それはきっと幸せの一つの形ではないかと感じました。そして同い年だからかわかりませんが自分がよく感じていた「皆がhappyに」という思いを具現化した言葉を教えてくれました。それはWalt Disneyが言ったとされる(win-winではなく) happy-happy!という言葉です。どんな人であっても、みんながhappyになれる仕掛け作りに奔走している彼ならでは言葉に非常に共感を覚えたのでした。彼の仕事への姿勢は、けっして受け身ではなく、積極的なcommunicationという感じがします。根底に流れる「その人が自分をかけがえのない存在と感じられる瞬間」をつくること、それは真の社会の優しさでもあることを感じながら、iPhoneでとったとは思えない、数々の「なんかかっこいい」写真から素敵な人間の営みを堪能させていただきました。
つづいて周産期の領域で長年お仕事をされている、臨床心理士の橋本洋子先生より「語ることと聴く器」としてお話をいただきました。自分も何度もお聞きしてきた先生のお話でしたが、今回のテーマで優しい言葉の中に鬼気迫る迫力を感じたのは自分だけではなかった事でしょう。コミュニケーションには層構造があり、言葉だけではなく、身振り手振り、皮膚の接触、嗅覚、音楽性も大事である事も教えていただきました。かつて自らされた研究で母子接触の時、赤ちゃんがないて、おかあさんが「えっ?」と反応する時間が0.7秒であった、そうです。お母さんは「なく」という赤ちゃんの声で、お子さんからのコミュニケーションの投げかけを受け止める、のですね。そして、「なにを伝えたいの?」と語りかけるのでしょう。何かを伝える側が伝えようとするものがそのまま伝わるのではなく、受け手の主観が切り取ったものが伝わる、ということなのだそうです。そもそも情報量や文化の違いが存在する事は前提であって、それが決して悪い事ではないのではないかと感じました。そして何より、お互いが垂直関係になるのではなく、双方向の関係を築くことの大切さも教えてくださいました。話された事例はとても衝撃的でした。児の重篤な疾患で外見の問題もあったお子さんを生後なくされたお母さんの事例です。その施設の方々も一生懸命関わられ、十分なIC,説明と緩和ケアを行いやすらかな看取りであったそうです。しかし何ヵ月たっても心がはれず、先生のところに相談に来られたそうです。先生はいろいろ話しを傾聴されました。そして、おかあさんが価値のある堂々巡りの末、出産直後「なんてかわいい子なんだろう」と思えた当時の自分の気持ちを思い出したとき、言い換えると「正」の体験が思い出された時に、自分におこった出来事を受け入れ消化する事ができたそうです。周産期では人の生の営みであるが故に流産や死産も経験します。そしてそういう死との関わりというものは一生消え去る事はない。その後、時間を経て新たなお子さんを授かったとき、それは代わるものではなく、「生と死の双子を背負って行く」プロセスなのだと教えてくださいました。自分もそのフレーズにはしっくりくる感覚、こころが共鳴するのを覚え、先生に自分の賛意をお伝えしました。その後、タクシーのなかでは短時間でしたが、またとても奥の深いお話をいくつもしてくださいました。この場には書きませんが、また機会があれば宴の時にでもお話できるといいですね。先生は人の「性善説」を強く信じておられる事は間違いないでしょう。だからそのお話はいつも我々の心をほんわかとあたたかくしてくださるのではないかと感じました。
今回は前回大好評であったワールドカフェスタイルのグループワーク「ここペリ Café」を行いました。2つの基調講演をもとに、十分にこころがほぐれたところで、参加してくださった方々が主役のメインコーナーが始まりました。最初はやはりあえて職種毎にあつまり開始しました。テーマ1つ目は「communicationをとる上で困った事はなんですか?」2つ目は「どんな時に心が通じたと感じましたか?」そして最後は「あなたが大事にしたいことはなんですか?」です。この研究会の基本的なポリシーである“positive thinking”を存分に話していただきました。皆さん、日々の現場での様々な思い、経験を熱く語っておられました。中には想いの表出ができて涙ぐむかたも有ったようです。そしてなにより皆さん、現場のプロとしての日々の経験を語ることで、自分や周囲を見つめ直した悲喜こもごもの経験はかけがえのない、とても貴重な経験集でした。どなたの話しも、どの講演にも負けるとも劣らない、真理を含んでいたと思います。自分もいくつかの班で実際にお話をお聞きしていましたが、とても勉強になりました。そしてまた一つまた一つと、顔がみえる繋がりができていく瞬間はとてもすばらしい瞬間でした。ある班では障がいを持ったお子さんとのコミュニケーションをどのようにやっているか、専門家の立場から熱心に語っていただいていました。付き合いが長くなると、少しの動き、瞬きや目の合わせ方一つなどから機嫌の善し悪も分かってくるとのことでした。あるベテランは「赤ちゃんに話しかける」そうです。そしてなにを訴えているのか話しかけながら聞き取るそうです。そんな時にも聴き取る側の心の器がないとキャッチできないのでしょう。ある産科の現場では一生懸命なあまり自分たちが話し過ぎていたことに気がついた、と言われていました。すばらしい気づきの一つですね。チームでのご経験を教えてくださった方もおられました。ある公的病院でとてもこころのサポートが必要な産後の方がおられましたが、スタッフが勤務帯で変わるにも関わらず、一歩一歩積み重ねた結果、すごくいいケアができた成功体験があったそうです。おそらく、すべての関わったスタッフが同じ方向を向いて、なおかつ情報を的確に共有できたすばらしいコミュンケーションの結果ではないか、とその成功体験を聞かせていただきました。スーパーバイザーとして聞いていましたが、「是非その成功体験が、みなのコミュニケーションのよさで繋がった結果である」ことを職場にfeedbackされたらいかがでしょうと、思わず口を開いてしまいました。また一つ、あるチームの力が進歩した瞬間なのではないでしょうか。各班からの発表もみな楽しそうにいきいきとお話されていましたね。
毎回恒例の川鰭先生の司会による「市郎の部屋」ですが、今回は少し趣向を変えてグループワークの後に、ご講演いただいたお二人と語っていただきました。川鰭先生も長良医療センターでは重心病棟での主治医もされていて、患者さん達やそこで働くスタッフが輝くような仕掛けを考えてこられました。ファッションショーの話しや電動車いすサッカーなどのお話は北川さんと通じるところがあり、話しが盛り上がるのにそんなに時間を要しませんでした。橋本先生が提起されたキーワード「聴く器」についても議論を展開されました。川鰭先生としては「聴く器」はどういう形にでもなる風呂敷のようなものではないか、とおっしゃっていました。グループワークでは様々な形を変える「アメーバみたいなもの」というご意見もありましたが、さて皆さんの心の中にはお答えはありますでしょうか。最後に、3月27日に長良医療センターでも上映予定の高橋夏子監督の「given」〜~いま、ここ、にあるしあわせ~〜の案内をしていただきました。夏子監督は川鰭先生を取材されたドキュメントの製作の頃からのおつきあいです。命と家族の幸せの価値観が描かれた映画だそうです。自分も今から拝見するのがとても楽しみです。
無事昼の部が終了し、毎回恒例の懇親会、飲みにケーションも17名が参加され、大変盛り上がりました。橋本先生、北川さんを囲んでのそれはそれは楽しいひとときでしたね。なにより参加してくださったおひとりおひとりが自分の世界を語り、また多くのコミュニケーションにより新しい繋がりの輪が広がりました。さらに懇親会は二次会まで続きました。今回、参加したすべての方々が、この会で出会う人々と癒し、癒される、そんな場面が多く見られたのが今回の特徴でした。現場で日々悩める皆さんの、憩いの場、でもある事が再認識されました。
とても難しいと思われたテーマ communicationですが、それぞれがさまざまなキーワードを学べたことでしょう。実は今回の勉強会を通して自分の頭から離れなかった影のキーワードがありました。
それは…………「ひととしての真の優しさ」でした。
皆さんはいかがでしたでしょうか?
また10月、ぎふ周産期こころの研究会でお会いできる事を楽しみにしています。次回のテーマは 長良医療センターから地域での在宅での生活をめざし,看取りを行った18トリソミーのお子さんと家族、医療者の物語を取り挙げます。なかなかうまくいかないことばかり、そこを繋ぎとめる鍵はなんだったのか、寺澤先生のつくってくれた素敵なテーマは
「多くの目と手と心で繋ぐ、小さないのちの物語」です。
それではまた皆様とお会いできること心待ちにしながら、またしばらく日々の現場で頑張って参りましょう。
ここペリ事務局を代表して。
2016/3/11 当直の夜に