第3回ぎふ周産期こころの研究会を終えて
発起人 長良医療センター産科 高橋雄一郎
毎日続くにわか雨がきつい暑さを和らげてくれるなか、今回も無事こころの研究会を終える事ができました。お忙しいなかご参加下さった皆様にはこの場をお借りして御礼申し上げます。プレ研究会からはじめ実に4回目の研究会で、寺澤からも最後にご挨拶申し上げましたように実に企画として6つ目の研究会でした。今回は初めて会場が岐阜駅の近くという新しい環境で、十分なランチの時間も惜しんで、和やかではあるけれどもとても熱い議論ができたのではないかと事務局一同喜んでおります。
今回は仁志田博司先生の御著書「赤ちゃんのこころと出会う」からヒントをいただき「あなたにとって母性とは?」というテーマにチャレンジしました。とても遠大すぎるテーマに無謀にも我々独自の味付けをしてみることにしました。自分自身は産科医という立場ですが思えば医学部でこのような講義がなく、ゼロから教えをこうつもりで企画を練って行きました。
基調講演では、はじめに看護大学教授の服部律子先生に「母性をはぐくむ支援 – 母の持てる力を引き出す- 」として助産師を教育する大学院の教授の立場からご講演いただきました。母性看護学では有名な小児科医であり児童分析家・精神分析医のDonald Winnicott先生の言葉を教えてくださいました。母子関係における理想的な母親像を「ほど良い母親」という概念つまりどこにでもいるような、子どもに自然な愛情と優しさを注ぎ一緒に過ごす時間を楽しむことが出来る母親が理想であるという説です。そして、20年来関わってこられた、育児環境としてはとても過酷な多胎のお母さん達のピアサポート活動を通じてのリアルな経験を語っていただきました。とても熱心すぎる真面目なご夫婦のもとで虐待死がおきてしまった事例をとおして、通常ある社会サポートのみでは救えない瞬間的な悲劇を如何に救うか、というテーマも投げかけて下さいました。事務局の馬場さんには長良医療センターの助産師をしながら、先生のもとで大学院の研究を行った師弟関係から、初々しい座長をしていただきました。
続く基調講演には、名大の心理学の准教授であられる金子一史(ひとし)先生に「産褥期にみられる母とこの情緒的絆」と題して、実際の研究で得られた科学的な結果をご呈示いただきました。産後、児への愛着障がいなどが示唆される場合には、抑うつだけではなく、情緒的絆(=ボンディング)という指標も考慮すべきである、という考え方を教えていただきました。ある自治体での前方視的な研究結果は縦軸はエジンバラスコア(産後抑うつ)であり横軸はPBQ( postpartum bonding questionnaire 産後のボンディングスコア)で表現されるグラフで表現されます。子供に愛着が持てないお母さんを見た場合には、鬱状態である可能性があるとともに、鬱がなくても自分の育った環境や経済、社会的要因などのリスク因子が重なった場合には愛着形成に障がいを来す症例があるそうです。これらの群の科学的解析が期待される所です。母性そしてこころの問題を科学的に捉える姿勢は我々も常に持っていたい一つの軸です。そこを軟らかい物腰で、そしてスマートにプレゼンしていただきました。座長は事務局の心理士の緒川さんにお願いしました。もと同僚で、友人という事から会合で開口一番「適任者がいる!」と御紹介いただきご講演をお願いすることが即決したのです。馬場さんも緒川さんも初座長だそうですが、こころの研究会らしく、硬くなくていいので、想いのこもった御紹介をしていただくようお願いし、見事にこなしてくれましたね。
毎回恒例となりました「市郎の部屋」は仁志田博司先生にお越しいただきました。事前に寺澤先生の素敵な音楽、画像の演出にのって、事務局の緒川さんに朗読というかたちで事例を紹介させていただきました。小児科医であるお母さんが早産となって長期にわたるNICU治療のあと、子育てできない、と里子にだす示唆にとんだ事例です。これを仁志田先生は上司の言葉を引用され“We save a baby but we lost the mother ” と記されています。川鰭先生との対談の中で、子育ては周産期から始まっている;妊娠中のお母さんが心身ともに穏やかにすごすことが大事であること。子育てに一番大切なものは? 「こころのやさしい子供に育てること」というメッセージを語られました。そして、話題はご自身が今危機感を持っておられる「NIPT」にも及びました。新型出生前診断に対して倫理的に警鐘をならすという意味で話題提供下さいました。とても大きなテーマでこの場で安易に語ることはできないのですが、先生の倫理、医学的な立場からの危機感を十二分にお伝えいただきました。障がいを持って産まれてくる事が分かっている赤ちゃんをどう迎えるのか、我々次世代がどのように考えて行くべきなのか議論すべきである、そういったメッセージであったと理解していますが皆様はどうお感じになったでしょうか。きっといつかこの研究会でも取り上げるべきテーマの一つになるのかもしれませんね。
この研究会では取材はお断りしていますが、仁志田先生への取材もかねて東京から、オブザーバーとしてご参加くださった方々もおられました。この研究会の趣意に多くのかたが賛同いただけるのはとても嬉しい事だと思っています。
わずかなランチタイムのあと、今回のメイングループワークが始まりました。今回は事務局の大嶋さんの発案で、ワールドカフェスタイルを取り入れてみました。グループワークのメンバーが次々と変わるスタイルですが、はじめはあえて職種別のグループ例えば医師、看護師、助産師、心理士などでわかれて「あなたにとって母性とは?」と議論しておきます。そして次々とメンバーを変えて多職種が混ざって意見をかわす事で、いろんな職種のかたの考え方を学ぶ事ができるようになる、最近はやってきているグループワークの手法です。我々も初の試みでしたのでどのような展開になるか想像がつきませんでしたが、大嶋、千秋の両ファシリテーターのもと、スムーズに進行して行きました。あえてテーマを「母性を育むために明日からできること」と具体的なテーマで設定する事により、誰でも身近な話題として話し合える雰囲気となっていたように思います。仁志田先生が母性とは「だれでもその種を持っている」という分かりやすいkey wordを与えて下さり、それを基調に話がすすんでいるグループが多かったように思います。自分が拝聴したグループでは、経膣分娩だろうと帝王切開であろうとその分娩をふりかえる経験が必要である、とか種は種でもいろんな種があって、育てる栄養も必要である、などの意見も聞かれました。個々の発表の内容は事務局でまとめている最中ですので近日中にホームページにUPできるかとおもいます。今回のカフェスタイルは、いろんな職種が入り混じる事で我々の当初のもくろみのかなり先への落としどころが得られたのではないか、と喜んでいます。よく多職種連携が大事である、という記述を目にしますが、言うは易し、です。そんな難しい問題をこのスタイルがやさしく解決していってくれそうな、そんな期待感がたかまるカフェスタイルでした。なにより参加してくださった皆様方おひとりおひとりの表情が楽しそうで、まさに熱く、そして和やかに、あっというまに時が過ぎて行ったように思います。我々のもっているこの会のコンセプトのひとつである「参加くださっている皆様おひとりおひとりが主役の勉強会」にすこし近づけたような気がしています。
そして第4部、そう恒例の大懇親会も盛り上がりましたね。30名も参加くださり、みな入り乱れて話に花が咲きました。そして至る所で新たな横の繋がりができていきましたね。あっというまに時間がすぎ、東京、京都、大阪,石川などなど遠方のみなさんも電車の時間ギリギリまで参加してくださって帰って行かれました。最後は仁志田先生の三本締め、「お母さんと赤ちゃんの為に」で無事締まりました。もちろん第5部も盛り上がりまして、発起人の高橋、寺澤もすでにふらふらになっておりましたが、なんとか無事閉会することができました。
今回は、プログラムに石田チハルさんの特別寄稿をいただきました。泰山木がぱちんとはじける音がした、というへその緒とご自身の出生にまつわるエピソードを教えていただき深く考えさせられました。鎌田次郎先生には「母性とは ―心理学、進化論的動物行動研究、神経内分泌学の視点から―」と科学的な視点からのすばらしい総説をいただきました。この科学性が、多くの人を引きつける欠かせない視点です。また、事務局から「母性とは、定義集」を。湊かなえさんの『母性』、白川嘉継先生の「人生でいちばん大切な3歳までの育て方」をよんだ事務局の感想文もプログラムに加えてみました。詳細はホームページから読む事ができます。
今回も事務局は皆、本当に忙しい合間を縫って準備に奔走してくれました。実は1人は無事出産し、2人は現在妊婦さんです。またお母さんとしての苦労の実体験も話ながら「母性」を考える機会を作れた事は、我々自身にも非常にタイムリーな勉強になりました。
この情報過多の混沌とした時代、みんなが「母性とは?」とPUREに議論できたこと、ほんとうによかったのではないかと感じています。こんな時代だからこそ、かえってこういう議論が大事なのでしょう。そしてほろ酔いでお話された仁志田先生の言葉をおかりすれば、“「こころの優しい子を育てる」ことが将来の紛争のない平和な世界を作るのである”を思い出しながら稿を終えたいと思います。
また次回来年の二月に皆様と一緒に勉強できます事、事務局一同心待ちにしております。
2015.9.6 出産を待っている当直の夜に